C++11がゲームプログラミングにもたらすもの
ゲームプログラミングの開発環境が変化してきました。
かつてアセンブラやCで書かれていたゲームプログラムは、C++での開発が主流になったといえるでしょう。
C#やJavaでのゲームプログラミングも現実的になってきましたが、本格的なゲーム開発はC++が多数派だと思います。
なぜならば、ゲームは処理速度、メモリ効率、レスポンス、いずれも高い次元で動作することが要求されるからです。
C++11の登場で、C++でのゲームプログラミングも大幅に進化しました。
それは、アセンブラからCへ、CからC++へと変遷していったときと同じぐらい、大きなインパクトがあります。
C++11により、C++のウイークポイントが解消され、実行速度、メモリ効率、開発効率、ともに大幅な改善がされたためです。
実際にゲーム開発でC++11を本格的に導入して2年ほど経過しましたので、 C++をゲームプログラミングで効率的に使う方法をまとめてみました。
moveの活用による恩恵は計り知れません。 とくに、速度とメモリ効率、そしてデバッグ効率を重視するゲームプログラミングにおいて、 moveセマンティクスの導入は大きな効果がありました。
なお、moveに関して十分な知識のある方ば、Chap.1は読み飛ばしてください。
moveを使う前に、右辺値参照について知っておく必要があります。
このプログラムを見てください。
string a = "1"; string b = "2"; string c = a + b; // ~~~~~ // 右辺値
この"a + b"の部分が右辺値です。
右辺値とは、名前のない一時的に生成されるオブジェクトのことです。
この場合、string型で値が"12"の一時オブジェクトが生成されます。
わかりやすくC++03の書式で置き換えると、
string a = "1"; string b = "2"; string tmp(a + b); string c = tmp;
このような動作になります。
tmpは式の外では不要になる、一時オブジェクトです。
さて、最後の"c = tmp"で行われるコピーが無駄な動作ということは明白ですね。
C++03では、右辺値を変数に代入する時点で、コピーが発生してメモリと処理速度の無駄が発生していました。
コピーの無駄を省くにはtmpをcにエイリアスしてしまえはば解決しますが、
string& c = a + b;
これはエラーになります。"a + b"は右辺値なので、参照型として使うことができません。 C++03では、メモリ上の何処かに生成された一時オブジェクトを、式の外へ持ち出す手段がありませんでした。
C++11では、右辺値参照という新しい機能が追加されました。
string&& c = a + b;
これで、C++03で記述する以下の動作とほぼ等しくなります。
string tmp = a + b; string& c = tmp;
C++03では、右辺値として生成されたオブジェクトを使う場合、いったんコピーする必要がありました。
では、moveはどこでつかうかというと、
string&& c = a + b;
とするかわりに、
string c = move(a+b);
とすることで、"a + b"の一時オブジェクトをcに移動することが可能になります。 最初の例と大きな違いがないように見えますが、前者は(右辺値)参照、後者は移動(move)という違いがあります。
一般的には、moveのコストはcopyよりもずっと小さく、stringならばバッファのポインタとサイズをコピーするだけで終わります。 メモリ上にアロケートされた実体はコピーされずにそのまま使われます。
なお、上記の例はわかりやすくするために move(a+b)と書きましたが、a+bは明らかに右辺値なのでmoveは省略できます。 moveを明示的に使うのは、左辺値を右辺値に変換するときに使用します。
string a = "1"; string c = move(a); // cにaのインスタンスが移動する。 // これ以降はaにアクセスしてはならない。 // aは、ヌケガラ、デガラシ、捨てられたバナナの皮のようなもの。 // アクセスすると、未定義動作の洗礼を受けることになる。
この例だと、aをcに移動させているだけで、なんのメリットもないコードです。 しかし、moveは後述するコンストラクタや代入演算子で必要になります。
下記のプログラムは、C++03とC++11では動作が大きく異なります。
string c = a + b;
先ほど解説したとおり、C++11では、"a + b"の一時オブジェクトはcにmoveされます。
なぜmoveされるのか? それは、stringにmove代入演算子とmoveコンストラクタがあるからです。 もし、自前のクラスで、moveコンストラクタやmove代入演算子が定義されていなかったら、moveされません。
Hoge a = 1; Hoge b = 2; Hoge c = a + b;
この、3行目の"c = a + b"の動作は、Hogeクラスにmoveコンストラクタが実装されているか否かできまります。 http://melpon.org/wandbox/permlink/7v7e0TFsorASaOzQ Hogeにmove代入演算子がなくても、ビルドはとおります。プログラムは何事もなかったかのように、COPYを行ってゆっくりと動作するでしょう。 目に見えにくいので注意が必要です。
moveを使うには、moveコンストラクタとmove代入演算子を定義する必要があります。
struct Hoge { string str_; Hoge(const Hoge& hoge) : str_(hoge) {} // コピーコンストラクタ Hoge(Hoge&& hoge) : str_(move(hoge)) {} // moveコンストラクタ Hoge& operator = (const Hoge& hoge) { str_ = hoge.str_; return *this; } // copy代入演算子 Hoge& operator = (Hoge&& hoge) { str_ = move(hoge.str_); return *this; } // move代入演算子 };
これでOKです。
インスタンスに対する操作が標準的な実装ならば、以下のように省略することができます。
struct Hoge { string str_; Hoge(const Hoge& hoge) = default; Hoge(Hoge&& hoge) = default; Hoge& operator = (const Hoge& hoge) = default; Hoge& operator = (Hoge&& hoge) = default; };
http://melpon.org/wandbox/permlink/OHFJkkmV7XZllqL7
moveを活用することで速度とメモリ効率を同時に向上できますが、いくつか落とし穴があります。 実際に私が踏んでしまた地雷について解説します。
以下のコードをみてください
struct Hoge { string str_; ...略 Hoge& operator = (Hoge hoge) { swap(hoge); } void swap(Hoge& hoge) { std::swap(*this, hoge); } };
このコードは、C++03では問題なく動作しますが、C++11ではランタイムエラーになります。
その理由は、std::swapの内部実装にあります。C++03でのstd::swapは、
template<typename T> void swap(T& a, T& b) { T tmp = a; a = b; b = tmp; }
このように、代入を3回行うことでaとbを入れ替えています。
これが、C++11になると以下のような実装に変わりました。
(cpp){{
template<typename T>
void swap(T& a, T& b) {
T tmp = move(a); a = move(b); b = move(tmp);
}
}}
コピー3回から、move3回に変わっています。
先ほどのHogeクラスをよく見てください。operator = の中でswapを呼び出しています。
swapの中からは、operator =でインスタンスの移動を行っているので、operator = の動作はスタックを食いつぶすまでループしてしまいます。
いままで動いていたコードが、C++11にきり変えたことで動作しなくなる例です。 このような例はあまり多くありませんが、標準ライブラリはmoveへの対応で大幅に手が入れられていますから、注意が必要です。
c++11では、代入演算子でswapを呼び出すことは避けたほうが良いでしょう。
struct Hoge { string str_; ...略 Hoge& operator = (const Hoge& hoge) { str_ = hoge.str_; } Hoge& operator = (Hoge&& hoge) { str_ = move(hoge.str_); } void swap(Hoge& hoge) { std::swap(*this, hoge); } };
これで正しく動作します。
以下のプログラムは、何の問題もなく動くはずでした。すくなくともC++03までは。
void func() { string a = hoge; foo(a); cout << a << endl; }
しかし、moveセマンティクスが導入されたC++11では、foo()の実装次第では安全でなくなります。
cpp
}}